どうして、墓石清掃をするのか

成功する人というのは、自分の努力もさることながら、
見えない味方がいつも蔭で応援してくれていることに気づいて感謝している。

形の見えない、偉大なる無限の世界に通じるには、形が解るものを介してでないと難しい。
「見えないものは無い」とするわけにはいきません。
私は寡聞にして、先祖を大事にしない人が成功した例を知りません。
何か偉大なものに守られていると実感できるようになることは大事です。
そのことで運を分けることがあるといいます。

望む未来やツキを手に入れるのに、自分はいま何をやるのがよいのか

このページを目にした今が気づきのときです
すぐに行動に移せるかどうかが未来を決めます

変えられるのは未来だけなのですから・・・

気づいた人だけが次のステージに進むことができ、
動けばそこでの気づきが必ず又あって、
更に次のステージに進むことができるのです。

やると良いと解っても、ソレをやらない理由を見つけて「やらないことの名人」となってしまっていては、
どんなに才能があっても、運をつかむことができません。
そのうちやろうと言っている人で、やった人を見たことはありません。
墓石クリーニングをすることで、その悪い癖をご先祖様に預ってもらう儀式とするのです。
何事もするかしないかを決めるのは、いつでも今なのです。

生命のあるものは、必ず成長しようと働くのに、それにブレーキをかけるのは自分の顕在意識、「自我」であります。
無限のパワーを持つといわれる潜在意識に、叶えたい望みを届けることを阻むのも、
自我という顕在意識がつける「やらない理由」づけであるといわれます

すべてが自分の選択した結果なのだといいます。


お墓なんていらない。文化遺産なんていらない。という人は滅多にいません。
精神世界や神霊世界も全く否定しきれません。
そこに目を向けなければ解らないし、解決しないことも多いと思うのです。
墓石こそ最大のパワーストーンだという人も多いのです。

自分が今ここに在るというのは、一体どういうことなのでしょう。
自分は自分の思った通りの者になると、古来から言い伝えられています。
願い事を誰もが神仏に祈るのですが、なかなか叶えられません。
それは、願いが自分の内なる神である潜在意識に届かないからです。
ツキを呼べる体質になるには、原点にかえってみることも必要になります。
では、なにをするのが良いのか・・・


潜在意識は、一度確実なメッセージを受け取ると、その実現に向かって24時間
休みなく働き続けるといいます。

全てに偶然というものはなく、結果には必ず原因があります。
原因となるものを潜在意識に埋め込まねばならないのですが、過去に刷り込ま
れた「常識」という顕在意識が抵抗して、新しいことには理屈をつけてなかなか
取り組もうとしないから、未来も変わることなく現状の延長線上のまま
ということになるのです。

望みを叶えるには、この古い意識をクリーニングしなくてはならないのです。
 種を蒔いたら芽が出て育つ、そういう土壌を作らなくては、果実
は実らないということです。
その一つが墓石クリーニングであると、人は何故気づかないのでしょう。

できない人、やらない人の口癖は決まっています。
「そんなことを言ったって・・・」です。そして、できることでも結局なにもやらない。
成功できる人は、今できることはまずやってみます
そんなあたりから、差が出てくるようなのです。


                      失われつつある縦に繋がる感性

 わが国は、1万6千500年前の縄文時代からの歴史を持つ国です。

 先人は、万物に神性を見ることができる感受性を有し、それと語らうことで啓示を得て行動することを誰もが解っていて、大事にしてきました。
 たからこそ、国難を免れ他国に類を見ない豊な人間性を涵養し、幸せを幸せとも感じないで過ごしてくることができました。

 和の精神も大事ですが、それを可能にしていたのは、神と呼ばれる超偉大な存在と触れることができた先祖、そしてそこで得た智恵を子孫の幸せの為に教え伝えていこうとした縦の系列が有ったということも重大な要素だったのです。

 何時のころからか聞く耳を持たなくなった人が増え、それに連れて重大なインスピレーションに気づく能力も失われていきました。

 閉塞感は、刻まれた智恵に気づけ!という、DNAの叫びが出しているイラダチなのかも知れないのです。

 墓石清掃を時間をかけてすることにより、先祖と語らってみると良いと思うのです。
気づくためのチャンネルを増やし、聞く耳を取り戻すことです。


お墓なんて縁起でもない、と思っていたら大きなまちがいです。
まず、ご先祖さまへの感謝の気持ちがなくては、何ごとも始まりません。
自分がどこから来たのかさえわからないでのば、向かう方向だってわかるわけがありません。

これで縁起がよくなるのでは、運を呼び込めるのではないかと、今ひそかなブームです。


そうか、墓石をきれいにすればいいんだということで
、いつもより少し丁寧にやってみるという人がいますが、
結果は大して変わりません。
もうちょっとのところが足りないのではないかと思われます。
他の何事もそうですが、望む結果を得る為には最後のもう一歩というか詰めのところに潜んでいる
ものに
到達することが肝要です。
「まあいいか」で済ましていたら、届かないのです。
この仕事をしていると、そういうことに気づき、身につくことが多い。
スムーズに事を運ぶ智恵が得られるということです。

今までと同じでは、何事も変わりようがありません。
届かせる努力は、どこででも何に対してでも必要です。

よくなりたいと思って何かやっても、思い方の方向とやり方が見当違いでは、望みとは程遠いことになるのです。


言い表せないけれど、そこにいつも確実に有る不安に、誰もがつきまとわれています。
不安を抱えながらでは、何をやっても上手くいかないのは当然です。
不安は、必ず成功への努力の足を引っぱります。
前向きに考えることでそこから逃れようと思ってみても、気がつけば、そこにドップリ嵌りこんでしまっているのが人の常です。
プラス思考とよく言いますが、それはマイナス思考もセットで同時に考えてしまっています。

では、どうすれば良いのかということになるのですが・・・

汚れた身体で人前に出て、信用が得られたり成功を修めたりできるでしょうか?
子孫の繁栄が最高の先祖供養と思っているご先祖の墓石を、汚れたままにしているのも同じことです。
恋の願いを叶える為に、縁結びの神様にお参りするのも、よくあることです。
お願い事というのは、実生活でも頼むときのお作法というのがありますが、
神様にだって同じ事です。無礼者、下がれということで門前払いされていることだってあるかも知れません。
そこにいくと、ご先祖様は身内ですから、大目に見てくれて、親身になってくれるようです。
それでも、本気度は見られています。
ですから、墓石を一所懸命綺麗にして「ここまでやってくれたんだから・・・」と、思って貰うわけです。
まず全ては、お掃除から始まります。それが基本です。

世に認められ、望みを叶えようとするとき、人は身を清め、居ずまいを正して、ここ一番に臨みます。
その姿勢と覚悟が、運をも呼び込むのです。


まず、何かをやらなくては何事も始まりません。


そのキッカケとしての墓石クリーニングは、
たった1ヶ月、少しタバコの量を減らすか、1回飲みに行くのを控えるか位の費用でできてしまうのです。

自分が良くなることをしようとしないで、どうして自分も周りの人をも良くすることができましょうか。
これは、家族が喜び、何より自分の潜在意識が喜ぶ方法なのです。
良くなるための行動にストッパーをかけたり、リミッターをつけているのは
自分自身なのでは?と、気づけるチャンスです。

そうか、解った。
今度お墓参りするときには、もうちょっと丁寧にやればいいんだ。
大抵の人は、ここまでで終わりです。
ですから、何も今までと変わりません。
物事は何でもそうですが、7〜8割のところまでは誰でもやります。
しかし、残りの1〜2割のところに真髄というものは潜んでいます。
一通りのところで良しとしてしまうから、一定レベルを超えることができないのではないでしょうか。
後ほんの僅かな費用と、僅かな労力を惜しむからです。

本気で何とかしようと思っている方は、もう少し読み進めて下さい。

自分自身が納得できることをしないと、内面の偉大な力は開花しないのです。

心の底に潜む不安や恐れから解放されなくては、全てに足をとられて自由にはなれないのは前述の通りです。

ご先祖様に、それらの不安や恐怖を預けるのには、実践による実感が大事なのです。
それと気づかずに身内に抱えている恐怖と劣等感が、すべてを阻んでいるのです。

何事をも可能にすると言われる潜在意識であっても、既に膨大な量の雑多なものが刷り込まれていて、
干渉し合う結果、動きがとれないのです。

だから、まっさらな状態に戻るのには、ご先祖様に頼むのが良いということになるです

ほかの誰が、そんな面倒なことを引き受けてくれますか?

他人(ヒト)を大事にしないから、ヒトから大事にされない。
先祖を大事にしないから、子孫が栄えない。普通に考えればそういうことです。


何事でもそうですが、
一歩踏み出すことが、その先にある大きな幸せに繋がっているのに、
やらない理由を並べたてて動かないというのでは、どんな運だって開けるわけがないのです。

ツキがないと言っている人の殆どは、自分では何もやりません。

人はなぜ、良いと思うことを実際の行動に移すのが苦手なのでしょう?
切り拓くのは、いつだって自分なのに・・・
動けなくしているのは、刷り込まれてしまっている古い自分の殻です。
どうして僅かな努力を惜しむのでしょう。
何事もやらずにできるわけがないのにです。

もともとご先祖様は、子孫に力を貸したがっているのだと申します。
でも、考えてみてください。
世の中に代償のない報酬というのがありますでしょうか?

教え導こうとしているご先祖様だって同じです。
神様だって、お賽銭で本気度をみます。
ただ口先で軽く頼まれたって、本気になれるかどうか・・・
実際の行動を見られているのです。
遠い親戚より近くの他人といいますが、一番頼りになるのが、一番近くにいる神様であるご先祖様です。

誰だって、感謝の気持ちを表し、できることを誠実に形にしてくれた人に味方したくなるのが人情でしょう。
意気に感じるということです。
何も、できないことまでやれと言うわけではありません。
僅かな費用でできるのですから。

墓石クリーニングは、
大きな助けともなる「力」にシンクロする為の、一つの方法となり ましょう。
自分の内なる神性、真我・ハイヤーセルフ・に繋がるからだといいます。
全ては、自分の中に備わっているのだという気づきがそこから生まれると・・・

気づいて発揮できれば、本来誰の身内にも備わっている潜在意識の力は、
何事をも達成せずにはおかないといわれますが、
まず素直に感謝の気持ちで一歩踏み出すことが大事です。

潜在意識に願い事を書き込むためには、簡単には変化を望まないといわれるこの扉を突破しなくてはなりません。
信じて、実際に動くということです。

気がついてみたら、実はとても大きな力に護られているのだと、
無心になってクリーニングをしていたとき突然閃くように解ったと経験者は一様に言います。
何でも頼める相手がすぐそこにいたのだったと・・・

小さなことでも解って喜んでくれる人には、肩入れしてもっと良くしてあげようということになるのが真理でしょう。

ご先祖を大事にするのは、人間の徳目の一つ。
大事にしなくては・・・と、心のどこかでは気づいているのに、なかなか行動には移さない。
何も大事にすることがない人が、人から大事にされることがあり得ないのもまた真理でしょう。

人間関係の基本は家族。そしてその源となる先祖。
太古の昔から、連綿としてDNAに刻み込まれた縦の繋がりという意識。
そのことに
頭ではなく体感として気づく為の墓石クリーニングなのです

やってみなければ解らないことです。


私どもは、そもそもがビルメンテナンス業者ですから、お客さんに喜んでもらえることをするのが仕事です。
それで、お客さんのために、
ご自分でやって頂いてもできるようにマニュアルをつくりました。



日本の人口の 0.1パーセント未満の1万人の方が実施し
全国でその1万人の方の意識が変われば、日本の未来はガラッと変わると信じています。


なぜ、墓石クリーニングヲすると良いのか、お解り頂けたと存じます。
どうぞ、貴方の幸せへの道が開けますように!



どうか、貴方様に雨霰のように幸運が訪れますように!





自分でやった人の経験談

 掲示板の記事から

201813ヒットしている高校同期の仲間内のページから転記

12〜14日14日の2泊で郷里に行ってきました。
今回のテーマの一つは、そろそろお彼岸を迎えるというのに、お墓が汚くて
悲しいという地元兄弟の声を受けて、一念発起墓石掃除をすることでした。
このことにかけては、国内外を通しておそらく唯一無二の専門的研究を果たし、
見事企業化に成功している神奈川中央ビルサービス潟mオーナー社長のAA
さんがいます。
ここぞとばかり相談したところ、古い言葉で恐縮ですが、「合点承知の助」と
ばかりに商売道具を持ってきてくれ
「時間をかけてご先祖様の墓石とお付き合いしてくるのは、大変結構なことで
ある。墓石の汚れを拭うにつれて、おぬしの常日頃のよからぬ罪科も少しは
拭われるであろう。素人でもできることだから協力しましょう。」との力強い応援
を得まして、夕闇迫る砧公園の人っ子一人いない駐車場でブツの引渡しを行い
ました。
もし目撃者がいたら、怪しい人物が怪しいブツの受け渡しをしていると、その筋
に通報去れたかも知れませんが、街灯の明かりを頼りに伝授された
「墓石磨きの極意」を胸に、ひた走っての飯田。翌日郷里の山裾にある墓地に
着きました。

行ってみると見るも無残なF家のお墓。
ご覧のようにいいお天気なのに、青空を映すどころかチラリと光もしません。
水洗いだけで疲れ果ててもうやめようかと思ったのですが、ここでAAさん伝授
の秘伝中の秘伝、企業秘密に属しますので余りつまびらかにはできませんが、
その薬品をさっと刷毛でひと塗りすると、あーら不思議、白い煙がパッと立って
みるみる太郎はオジイサン、さては地下の爺さんが乗り移ったかと・・・
というようなことは勿論起りません。
 
 でもあーら不思議はホント。汚れのひどいところをその液でひと拭きすると、
ジュワッと白い泡が生じ、なんか果敢に汚れと格闘してくれている様子。
師匠からも、「薬を塗った後は、じっくり何時間か待つのだぞよ。」と言われて
いましたので、いったん家に帰ってまた出直しました。
 すると泡は全て消えていて、乾いた布で拭き取るとご覧のようにピーカピカ。
新築間もない将来の我が家が出現したのでございます。
 よーく見ると、すでにカメラを構える我輩の姿が墓石の中に映り込んで住んで
います。
 写真右がそれですが、更に台座の石にも追加でその薬品処理を行った。
 その白い泡を証拠に撮っておきました。

 久しぶりに何とまあ、みやましい(註:信州弁で、ちゃんとしたという意味)こと
をしたものか。地元の兄弟は、お彼岸のお参りが楽しみと言ってくれています。

 今回は、珍しくも良い子の私でした。でしょ?
 写真判定の結果はいかがでしょう?不肖の弟子の出来具合は。



神社参拝の作法

霊験あらたか 下北沢の地蔵尊