下北沢の踏み切り地蔵尊


下北沢の地蔵尊

 下北沢駅の西口を出て坂を少し下ったところにある小田急線の踏み切り近くに、お地蔵様が祀られています。

 家内の祖父が彫ったという石仏です。

 この踏み切りは昔事故が多く、多くの人がなくなったのだとか伝え聞く。

 

 事故が起こらないようにとの思いを込めて建てられたというのですが、不思議なことに建立以来この踏み切りでの事故はピタリとなくなったのだと、古くから地元に住んでいる方はいいます。

 

 下北沢を離れて20年近く、この場所を訪ねることはなかったのですが、リサイタルのためにプラハから一時帰国している倅が育った地でもあり、家内と共に三人で行ってまいりました。

 

 しばらく見ないうちにすっかり汚れてしまい、外柵もコケに覆われてしまっていました。

 社業として石材のクリーニングをしている身にとって、なんとか綺麗にしなくてはという思いにかられましたが、どこに許可を頂いたらよいのか調べなくてはわかりません。

 いかに先祖が作ったものとはいえ、勝手に手をつけるわけにはいきません。

 

 その後、徳川家にゆかりのある寺に埋葬されている先祖のお墓にもお参りしてきました。

 お墓は、お参りというより、ただ単に行くという感覚で時々は訪ねるのがよいようです。

心があらわれて、エネルギーに満たされたような気持ちになります。


 事故が防げるということであれば、東日本大震災の後ということでもあり、是非綺麗にしたいと願ったいます。

 現在の様子は、この写真の通りです。

 寒くなって来ましたので、マフラーを新しく暖かいものに変えてあげました。
 

気づくということは、「在る」ということの形をかえた意味を知ること。

そんな馬鹿な、と一笑に付して見過ごしてしまっていることに意味があるとしたら、それによって失ってしまっている機会が有りうる。

 自分が表層的に得た知識の奥に存在する意味に、意識を向けてみることが大切なのではなかろうか。

 踏み切り地蔵の近くで工事をしているところで見かけたガードマンに、この踏切では地蔵尊を安置してから事故が1件もないのだと話をしたところ

「そい言えば、ここからも見える次の踏み切りの遮断機のポールは、この半年でポールが30数本折られたが、ここでは1件もないのが不思議だと、仲間で話題になっているのです。」とのことであった。


内なる神霊スポット

 人間は、そもそもが神様の分身なのであるから、常に護られている筈の存在なのであるが、自分が何者なのであるかということに意識を向けたことが殆どないため、本来持っている能力に気づくことがない。

 

 全ての物事は、必ず原因があって結果があるとしたら、それが今生のものなのか前世のものかわからないが、誤った想念が今、苦悩という形で目の前に現れているというほかない。

 ただ、顕れれば必ず消えるものであるというのも真理であるから、この苦悩は表れたことにより消え去るのだという強い信念をもてればよいのだが、気持ちがそんなに強くもない生身の人間としては、その苦悩を改めて抱え込んでしまい、新たな原因としてしまう。

 抱え込まないで、それは顕れたから消え去り、今からよくなるのだという善念に変えることができるためには、そう宣言してみるのがよい。

 

 神霊の領域は、だれもが自分の内にあると気づくのには、なんらかの形で偉大なるものにシンクロすることが必要なのかも知れない。

 そのためのきっかけとなるものとして、神社仏閣に詣でたり、先祖の墓参りをしたり、“墓石クリーニング”をしたりがある。

 

 それとは別に、極端な困難に遭遇したとき、人は神の領域としかいいようがない精神性を、たくまずして顕現することがあることをみても、それは人の実の内に本来在るのだと信じる。


天使様がいるところ


 お盆が近い。

先祖の墓参りをするのが良いということは、誰に教わったのではなくても知っている人が多い。

そこは、天使とのコンタクトがとりやすいのだといわれる。

天使というのに抵抗があるなら、何か偉大なエネルギー体と言い換えてもよい。

 

 しかし、自分の中にそれを感じる力があることに気づいていないなら、天使とのコンタクトは無理ということになる。

感性が目覚めていないと、絵を見ても、音楽を聴いても、美しい風景を見ても、見ても見えず聞いても聞こえず、馬の耳に念仏・猫に小判ということになるが、本当はそんなことはない。

 誰もが、気づけば自らのうちに神の領域を備えているのだと思う。



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